2013年 02月 06日
六角精児さんの著作 |
amazonで発注した、この本 ↓
しょっぱなの第1話から、
いや、その書き出しからカウンターパンチを喰らいながら、のめりこみ。
中途から、
読む速度をわざと落として読了を遅くさせたのは
六角さんの文章に少しでも長く接していたいがための刹那の画策でした。
ファンを名乗りながらも、
この刊行が週刊現代の連載をまとめたものであることはあろか、
連載を持っていたことすら知らなかった私の迂闊は
“読むことの愉楽” によって、なんとか霧消となった感。
文中の改行で、読む者の景色を一変させるところなどは
本業が役者さんとは思えぬ巧さだと感嘆しましたし、
“書く” という表現自体そのものを楽しんでいるような、
そんな印象をも受けました。
たとえば、
ギター指導を請われて女子校に行き、その校内で知り合いの先生を待つ間
群れて不審がる女生徒らを挑発するかのように
「エッへッヘ」 と笑って見せた というエピソードの披露は
沖縄の水族館を訪うて
男子学生に 「鑑識だ!」 と発見されて騒がれて困惑する巻と同じく、
ご本人は笑いながら書いたと想像します。
が、その反面で、
冷静沈着で実直な姉上に及んだその記では
「良い事があっても、そんなに喜んでる様子はないし、
大変な事もあるだろうにそれを殆ど口にすることはない」
との端的で静かな筆致で決めもするのです。
テレビで視る六角さんの役どころは
異端だったり、冴えなかったり・・という設定が殆どですが
そんな存在性がドラマを盛り立てている屋台骨であるのは
この人の根幹が骨太だという証左だと、著作の読後に改めて感じたものでした。
私は、先だっての日曜、都心(=南青山)に出向いた機会、
まもなく誕生日を迎える若人に
この本をバースデープレゼントにすることに自負しながら
池袋リブロ(=大型書店)で一冊をあがないました。
そうして買って、渡されたレシートを見たときの脱力たるや!
書店側に何らかの確固たるルールあってのジャンル分けなのか、
流通上のシステムなのか、
たまたまレジした人が打つキーを誤ったのか何なのか、どうなのか、
コミックに分類されてたことには不全感の炎が起ちました。
コミック好きゆえに、それを侮蔑するなど毛の先もないですが
文章家としても有能である六角さんに心酔した者としては
この著作は文芸の域だと、大きな声で主張する次第です。
しょっぱなの第1話から、
いや、その書き出しからカウンターパンチを喰らいながら、のめりこみ。
中途から、
読む速度をわざと落として読了を遅くさせたのは
六角さんの文章に少しでも長く接していたいがための刹那の画策でした。
ファンを名乗りながらも、
この刊行が週刊現代の連載をまとめたものであることはあろか、
連載を持っていたことすら知らなかった私の迂闊は
“読むことの愉楽” によって、なんとか霧消となった感。
文中の改行で、読む者の景色を一変させるところなどは
本業が役者さんとは思えぬ巧さだと感嘆しましたし、
“書く” という表現自体そのものを楽しんでいるような、
そんな印象をも受けました。
たとえば、
ギター指導を請われて女子校に行き、その校内で知り合いの先生を待つ間
群れて不審がる女生徒らを挑発するかのように
「エッへッヘ」 と笑って見せた というエピソードの披露は
沖縄の水族館を訪うて
男子学生に 「鑑識だ!」 と発見されて騒がれて困惑する巻と同じく、
ご本人は笑いながら書いたと想像します。
が、その反面で、
冷静沈着で実直な姉上に及んだその記では
「良い事があっても、そんなに喜んでる様子はないし、
大変な事もあるだろうにそれを殆ど口にすることはない」
との端的で静かな筆致で決めもするのです。
テレビで視る六角さんの役どころは
異端だったり、冴えなかったり・・という設定が殆どですが
そんな存在性がドラマを盛り立てている屋台骨であるのは
この人の根幹が骨太だという証左だと、著作の読後に改めて感じたものでした。
私は、先だっての日曜、都心(=南青山)に出向いた機会、
まもなく誕生日を迎える若人に
この本をバースデープレゼントにすることに自負しながら
池袋リブロ(=大型書店)で一冊をあがないました。
そうして買って、渡されたレシートを見たときの脱力たるや!
書店側に何らかの確固たるルールあってのジャンル分けなのか、
流通上のシステムなのか、
たまたまレジした人が打つキーを誤ったのか何なのか、どうなのか、
コミックに分類されてたことには不全感の炎が起ちました。
コミック好きゆえに、それを侮蔑するなど毛の先もないですが
文章家としても有能である六角さんに心酔した者としては
この著作は文芸の域だと、大きな声で主張する次第です。
by re-air
| 2013-02-06 21:47